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AIの判断を、監査できる財務情報へ

執筆者の写真: kanna qed
kanna qed
1 日前
読了時間: 10分

「何が、どこまで確認されたか」を失わない、企業側のAIアシュアランス

「AIが算定しました。元資料も、処理ログもあります」それは重要な出発点である。しかし、もう一つ確かめたいことがある。その数字の、どの部分について、何が確認されたのか。計算が合っていること、取引が発生したこと、資産が存在すること、適切な期間に計上されたこと。同じ数字を見ていても、確認している内容は異なる。私たちGhostDrift数理研究所が取り組んでいるのは、この違いを、監査時に人が説明するだけでなく、AIを含む情報処理の途中でも失わせないことである。監査人の判断を置き換えるのではない。監査人が判断するための根拠を、企業の業務システム側から検証可能にする。本稿では、監査法人・基準設定主体の一次資料を手がかりに、その技術的な役割を考える。



1.問われているのは、「監査法人がAIを使う」ことだけではない

AIアシュアランスは、最近になって初めて現れた議論ではない。あずさ監査法人は2021年9月、AIの適切性を第三者の立場から評価・検証するサービスの本格展開を発表した。対象には精度や説明可能性だけでなく、追跡可能性・監査可能性、データ品質、ガバナンス、実務での活用・実装状況も含まれている。[1]このため、現在の動向を「これまではモデルだけを見ていた」と整理するのは正確ではない。その蓄積の上に、AIが企業の判断や取引へ深く入ったとき、財務報告をどう検証するかという課題が重なっている。日本公認会計士協会は2026年3月、監査等の契約書作成例にAI条項を追加した。財務諸表等や内部統制報告書に直接・間接に重要な影響を及ぼす可能性のあるAI利用について、企業から網羅的な情報提供を求めるための解説と文例である。一律の法的義務の新設ではないが、被監査会社のAI利用が監査上の確認事項になることを、契約実務の言葉で示している。[2]同年6月には、あずさ監査法人がSakana AIとの共同研究を発表した。AIエージェントが事業を遂行する状況をシミュレーションし、今後は行動ログ、交渉履歴、取引データ、監査証拠等の評価・検証も検討するとしている。これは実験的な研究であり、実企業の財務報告の信頼性を実証したものではない。[3]国際監査・保証基準審議会(IAASB)も2026年8月、ISA 330・500・520の改訂案を公表した。企業活動・財務報告・監査での技術利用を踏まえ、監査証拠の関連性・信頼性の評価や、監査手続の目的との結び付きを強化する提案である。9月22日時点では公開草案であり、確定済みの新基準ではない。[4]これらは異なる立場からの動きだが、共通する問いとして、次のように読むことができる。AIを使っていると説明するだけでなく、そのAIを通った情報を、何に基づいて確かめられる状態にするのか。


2.新しいのは監査の原則ではなく、その原則を保つ実装の課題

会計監査において、情報の出所や裏付けを確かめることは、AI以前から重要だった。例えば、米国PCAOBのAS 1105は、企業が作成した情報を監査証拠として利用する場合、その正確性・網羅性をテストするか、それを支える統制をテストし、監査目的に必要な精度・詳細度も評価するよう求めている。[5]私たちがここから考える設計上の課題は、資料と数字のつながりだけでなく、「その資料によって何を確認したか」のつながりを残すことである。例えば、証憑を保存したことは、その記載内容を確認したことと同じではない。計算を再現できることは、その計算に入れた前提が事実だと確認できることと同じではない。AIによる分類、複数の計算、集約、転記を経た後に、「確認済み」という表示だけが残る設計を想像してほしい。最初は特定の項目についての確認だったものが、いつの間にか取引全体の確認として読まれるおそれがある。その問題に対して、処理ログを増やすだけでは、何が不足しているかを判別できるとは限らない。追跡できることと、裏付けられることは違う。必要なのは、その違いを後続の処理にも伝えることである。


3.80件の確認を、100件の「確認済み」にしない

簡単な仮想例を考える。ある企業が、100件の取引について、所定の後続処理へ自動採用する前に全件の受領確認を求めているとする。AIによる分類と集計は正常に終了したが、受領を確認できたのは80件だけだった。このとき、合計額が合っていることを理由に、100件すべてを受領確認済みとして流してはいけない。残る20件については、確認が不足しているという状態そのものを、集計後も失わずに残す必要がある。ただし、未確認であることは、その取引が虚偽であることを意味しない。元の取引記録を削除するのでもない。確認が不足する対象を明示し、所定条件を必要とする自動採用と、追加確認・例外処理とを分けるという話である。また、これは全ての監査で全件検査を求める主張ではない。監査には、適切に設計された監査サンプリングによって母集団を評価する方法がある。サンプリングに基づく監査上の結論と、業務システムが「全件を直接確認した」と扱うことは別である。[6]会計上の見積りでも、同じ区別が必要になる。AIが貸倒引当金の候補額を出したとして、算定方法を再現できることと、使用した仮定が合理的であることは異なる。AS 2501は、企業の見積プロセスを検証する際、方法・データ・重要な仮定を検証・評価する構造を示している。[7]したがって、経営者がある仮定を採用した事実を記録することは重要でも、それだけで仮定の合理性や将来の実現まで証明したことにはならない。在庫についても、倉庫で商品を確認したことと、その商品に企業が権利を有することは別の確認事項である。物理的な存在を示す情報を、契約や計上期間に関する確認の代わりにはできない。[5]専門家が区別している「ここまでは言える、ここからは言えない」を、システムの中でも保つ。これが、私たちの考える証拠基盤の中心にある。


4.企業側で採用を制御し、監査側から逆向きに検証する

私たちは、この課題を企業側と監査・検証側の両方から考えている。

企業側では、情報が生成されてから正式に利用されるまでの間に、適用条件と根拠を対応付ける。必要な確認が不足している情報を、後続システムが確認済みとして扱わないようにする。

企業側:根拠・条件 → 業務上の判断 → 財務情報への反映

一方、監査・検証側では、提示された財務情報を起点として、その情報について何を確認する必要があるのか、さらにその確認がどの元記録・証拠に依存するのかを逆向きにたどれるようにする。企業が付けた「確認済み」という表示だけに依存せず、何が確認され、何が未確認なのかを第三者側から評価できる状態を目指す。

監査側:財務情報 → 確認したい事項 → 元の記録・根拠

これは既存の内部統制やデータ来歴管理を否定する提案ではない。それらと接続し、AIや複数のシステムを経ても、確認の意味と限界が途中で失われないようにするための設計である。

想定する導入形態も、会計システム全体の置換に限らない。例えば、企業が定めた採用条件を検査する処理を既存システム間のデータ連携経路に設け、別の検証環境から根拠を照合する構成が考えられる。両者が同じ資料や記録を参照できたとしても、企業側の採用判断と監査人による監査上の判断を同一のものとして扱うわけではない。

また、この逆向きの検証は、企業側の採用制御に付随する機能に限られない。監査法人その他の第三者が、財務情報を起点として必要な確認事項を元の記録・証拠へ展開し、独立した検証環境で、不足している確認内容や対象範囲を特定する用途として構成することもできる。

ここで得たいのは、単に「不一致があります」という通知ではない。

どの情報について、どの確認が不足し、その不足がどの財務情報のどの範囲に影響しているのかを、検討可能にすることである。

その情報があれば、追加の資料収集、再計算、統制の検討又は専門的な判断を、どこに向けるべきかを考えやすくなる。監査手続を減らせると一律に約束するのではなく、監査人その他の検証主体が、必要な確認へ進むための基礎情報を整えることを目的としている。


5.GhostDriftが担うのは、監査判断を支える技術側の役割

GhostDrift数理研究所は、AI等の判断を、根拠や適用条件とともに後から検証できる状態にする研究を進めてきた。ADICでは、定めた計算モデルの下で、証明書の受理と検証対象の性質との関係を扱うLean 4の形式化を公開している。その公開範囲は、実運用システム全体の正しさや、現実の記録と形式モデルとの対応までを保証するものではない。[8]また、オンザリンクスとのコールドチェーンPoCでは、業務上の条件と記録を照合し、同じ入力・ルール・実装を用いて判断を再確認するコードとサンプルを公開した。これはサンプルデータによる概念実証であり、会計監査での有効性を実証した成果ではない。[9]今回、財務関連情報について、確認された内容・範囲・前提を採用や再検証につなぐ関連技術を特許出願した。 特許出願の事実と、監査業務での有効性や商用導入実績とは区別し、財務・監査の実務に接続するための適用条件と実証を具体化していく。私たちが目指すのは、監査法人に「当社の判定を信用してください」と求めることではない。当社の検証結果についても、何を対象とし、どの前提に依存しているかを、検証する側が確かめられるようにすることである。システムから得られた記録が監査目的に十分かつ適切かを評価するのは監査人であり、検証基盤の導入だけで監査意見が決まることはない。[5]そのうえで、監査・会計・ITの専門家が求める確認可能性を、企業システムの具体的な設計へつなぐ。監査の専門知と、数理・情報処理の実装を接続する技術パートナーとして、そこに貢献したいと考えている。AIの能力を高めることと、その利用結果を検証可能にすることは、競合する目標ではない。AIの説明を増やすだけでなく、AIを通った後も、財務情報の根拠を失わない。監査可能性をAI導入後の後始末にせず、業務を設計する段階から組み込む。それが、私たちの取り組むAIアシュアランスである。


一次文献・公開資料

以下は2026年9月22日時点で参照した資料である。各資料は対象となる業務・法域・制度上の位置付けが異なり、本稿はそれらを共通の義務として扱うものではない。企業側の証拠基盤への接続は、これらを踏まえた当社の考察である。[1]有限責任 あずさ監査法人「AIの適切性に関する第三者評価検証サービスを展開」(2021年9月15日)参照箇所:提供サービス、8つの検証観点、データ加工・実装状況等のレビュー。評価・検証サービスの発表であり、注3ではAIの適切性について保証を提供するものではないと明記されている。公式発表[2]日本公認会計士協会「法規・制度委員会研究報告第1号『監査及びレビュー等の契約書の作成例』の改正について」(2026年3月23日)参照箇所:「1. AI条項の追加」。財務諸表等や内部統制報告書に重要な影響を及ぼす可能性のあるAI利用について、情報提供を求める解説・文例。公式公表ページ[3]有限責任 あずさ監査法人「あずさ監査法人、Sakana AIとの監査に関する共同研究契約を締結」(2026年6月26日)参照箇所:共同研究の目的・意義、監査証拠及び行動ログ・交渉履歴・取引データの評価・検証に関する今後の研究。公式発表[4]IAASB, “Proposed Revisions for Audit Evidence & Risk Response: ISA 330, ISA 500 & ISA 520”(2026年8月5日)参照箇所:公表ページの提案概要。監査証拠の定義、情報の関連性・信頼性、監査手続の目的、職業的懐疑心。公開草案であり、意見募集期限は2026年12月15日。公式公表ページ[5]PCAOB, “AS 1105: Audit Evidence”参照箇所:第.02~.07項、第.10~.11項。監査証拠の十分性・適切性、企業が作成した情報の検証、財務諸表のアサーション。PCAOB基準が適用される監査を対象とする。基準本文[6]PCAOB, “AS 2315: Audit Sampling”参照箇所:第.01~.03項。監査サンプリングの定義、統計的・非統計的サンプリングと専門的判断。基準本文[7]PCAOB, “AS 2501: Auditing Accounting Estimates, Including Fair Value Measurements”参照箇所:第.09~.16項。企業の見積プロセス、方法・データ・重要な仮定及びその合理性の評価。基準本文[8]GhostDriftTheory, “ADIC R-SOUND Replay Verification”参照箇所:READMEの “What this proof establishes” 及び “Scope”。形式化が扱う検証の性質と、実運用実装の正しさ・現実の記録との対応等を含まない範囲の明示。公開リポジトリ[9]GhostDrift数理研究所・オンザリンクスのコールドチェーン共同PoCに関する公開資料参照箇所:2026年7月28日の共同PoC成果公表及び公開リポジトリのREADME。サンプルデータによる判定、記録及びリプレイ検証の実装。成果公表 / 公開リポジトリ※本稿における「確認済み」は、特定の内容・対象・前提について行った確認を指し、財務諸表全体に対する監査意見又は無条件の保証を意味しない。文献の引用は、各機関による当社技術の推奨、認定又は採用を示すものではない。

 
 
 

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