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民俗学は今どこにいるのか──AI時代に「祟り/haunting」とアルゴリズムを扱う学問の現在地【人文知復興プロジェクト③】


周縁の問いを殺した中心は、忘却では終わらない

──祟り・アルゴリズム・常識化として返る民俗学的反作用

周縁の問いを殺した中心は、忘却では終わらない。 残留した問いが“祟り(haunting)”として制度に戻る。

この一文は、比喩ではない。むしろ人文知が長く観測してきた「社会の作動」である。 問いが潰されると、沈黙は終点にならない。沈黙は残留し、語り・物・場所・儀礼・噂・恐れとして形を変え、中心の秩序へ反作用として戻る。

そしてAI時代に、この作動は加速する。なぜなら、アルゴリズムと制度は“正しさ”を自動化し、説明をブラックボックス化し、問いの入口そのものを封じやすいからだ。封じられた問いは消えない。むしろデジタル環境では、噂・folk theory(民間理論)・都市伝説・共同生成ミームとして増殖し、労働・政治・規範の現場で「生き延びるための知」として再編される。

本稿は、この地点に民俗学がどこまで到達しているかを、2024–2025年の先行研究として束ねる。 死者のエージェンシー(dead agency)、Unwriting(書き方の転回)、Algorithmic Folklore(アルゴリズム民俗学)、Critical Folkloristics(否認が“常識”になる作動)、そして日本側の柳田以後の更新。それらを並べるだけで、私たちが直面しているものが「忘却では終わらない反作用」であることが、学術的に輪郭を持つはずだ。


柳田國男
柳田國男

出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

1. 民俗学は“昔話の収集”ではなくなった

定義:Unwriting とは、支配的な筋書きによる書き方をほどき、周縁の語りを主語へ戻すための方法論的転回である(SIEF 2025: Unwriting theme)。

かつて民俗学は「昔話や祭祀の収集」と同義に語られたが、2020年代半ばには大きな転換が起きている。国際民族学・民俗学会(SIEF)の2025年大会テーマは**「Unwriting」**であり、学会はヘゲモニーが作る既定の筋書きをほどき、周縁の声や当事者の視点を主語に戻すことを呼びかけている(SIEF 2025)。

Unwriting は単に “脱植民地化” や “オルタナティブな書き方” を目指すのではなく、書き物の力を解体して社会正義を回復する実践である。それはAI やアルゴリズムに支配される監視社会の中で、見えないものを聞き直す姿勢を含んでいる。この潮流の背後には、民俗学が過去の遺物を保存する学問ではなく、抑圧された問いや周縁の語りが現代社会にどのように返ってくるかを探る学問へと変貌している現状がある。


2. 国際潮流A:死者のエージェンシー(祟り/haunting)の現代化

定義:**死者のエージェンシー(Agency of the Dead)**とは、死者が象徴ではなく、儀礼・夢・語り・物質・メディア実践を介して現在の行為連鎖に介入しうる主体性として扱う枠組みである(Mencej 2025: Introduction, DOI 10.7592/FEJF2025.96.introduction)。

学術誌 Folklore: Electronic Journal of Folklore 第96号(2025)は**「Agency of the Dead(死者のエージェンシー)」**を特集し、死者を単なる「迷信」や象徴としてではなく、現代社会を動かす主体として位置づけた。

この特集は ERC プロジェクト **DEAGENCY(2023–2028)**に基づく成果であり、死者が生者の生活・実践・メディア・デジタル世界に介入する方法を学際的に解明することを目指している。

  • 事例: フィンランドでは亡者との対話が日常に影響を及ぼす様子が分析され、イタリアでは煉獄の魂に向けた儀礼が古い慣習を再生する力を持つことが示された(EJF 96, 2025)。

  • 結論: 死者が夢や儀式、社会運動を通じて道徳的権威や空間的存在感を持ち、民族主義や宗教運動にまで影響を及ぼしている。

近接領域の研究や本特集の文脈では、こうした現象を**「haunting(出現/つきまとい)」**の概念で捉え直し、幽霊や遺骨の存在が正義や記憶、土地の権利といった社会的問題を浮上させる「反作用」として分析する試みが進んでいる。


3. 国際潮流B:アルゴリズム時代の民俗学 — Algorithmic Folklore

定義:Algorithmic Folklore とは、アルゴリズム環境の中で人びとがそれを説明し適応するために生み出すヴァナキュラーな語り・理論・作法の総体である(ALGOFOLK 2024: project description)。

ノルウェー・ベルゲン大学のプロジェクト **ALGOFOLK(2024–2028)**は、推薦エンジンや機械学習モデルが日常的創造性(vernacular creativity)をどう形作り、逆に人びとの実践が自動化システムをどう形作るかを追究している。

ここで提唱される**「アルゴリズム・フォークロア(algorithmic folklore)」**とは、人間と自動化されたシステムの出会いから生まれる語りや作法の総体である(ALGOFOLK 2024)。

  • 具体的な対象: GPT-4をめぐる都市伝説、TikTokの推薦アルゴリズムに関する民間理論、生成AIを用いたミームの循環。

  • シャドーバン現象: Savolainen(2022)の研究によれば、運営側が否定する「シャドーバン」をめぐるユーザーの議論は、公式説明とは異なる「アルゴリズム民俗」として解読できる。これはブラックボックス化した統治下で、人々が“解釈の労働”を引き受けて生き延びる現場そのものである。


4. 国際潮流C:クリティカル・フォークロリスティクスと否認の分析

定義:クリティカル・フォークロリスティクスとは、権力関係の中で特定の語りが「常識」として自然化されるプロセス(否認・正当化・免責)を分解して読む批判的方法である(Reinhammar 2025: DOI 10.23991/ef.156592)。

気候変動否認や陰謀論といったデジタル世論もまた、民俗学の重要な射程である。Reinhammar(2025)は、ソーシャルメディアで否認が「常識(Common Sense)」に変わる過程を、クリティカル・フォークロリスティクスの手法を用いて分析した。

このアプローチが強調するのは、民俗は政治的な力関係の中に位置づけられ、制度やメディアの暴力を不可視化する機能も持ち得るという点だ。ガリレオの物語が気候懐疑派の象徴として消費され、既存の不平等を強化するナラティヴとして機能する様が描き出されている(Reinhammar 2025)。 AIや制度が問いを殺し、“常識”を上書きしようとするとき、民俗学の分析は「責任の蒸発」を防ぎ、語りの政治性を暴く装置となる。


5. 日本の現在地:柳田國男150年とヴァナキュラー概念の転回

定義:**ヴァナキュラー(vernacular)**とは、制度が見落としがちな生活実践と知を分析対象として可視化し、文化研究の視座を更新するための概念である(KAKENHI 23K22039: project outline)。

日本では2025年の柳田國男生誕150周年を機に、彼を神格化するのではなく、公共性やメディア論と結び付けて現代的課題に応用する動きが加速している。 特に重要なのが**「ヴァナキュラー(vernacular)」**概念の台頭である。

この論点は、日本でも「公式な秩序/ヴァナキュラーな秩序」という対比として明示的に議題化されている(現代民俗学会 2024)。科学研究費助成事業(KAKEN)の公募研究として「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築-民俗学的転回のために-」が実施され、研究期間(年度)は 2024-04-01–2025-03-31、研究種目は 学術変革領域研究(A)(公募研究)、研究代表者は 菅 豊、研究課題番号は 23K22039 として登録されている(KAKENHI 23K22039)。

こうしたプロジェクトは、無名の人びとの生活の技芸や戦術を読み解くことで、覇権主義的な制度を相対化する視点を提供している。これは「周縁の実践」を資料としてではなく、中心概念を更新するための動的な反作用として扱い直す試みである。


結論:AI時代に民俗学は「基礎インフラ」になる

ここまで見たように、現代民俗学はすでに「祟り(haunting)=抑圧された問いの残留」を、過去の信仰や象徴ではなく、現代社会の作動として再定義し直している。

  • 死者のエージェンシー研究(EJF 2025; Mencej 2025)は、死者がメディアを介して行為連鎖に入り込むことを示す。

  • Unwriting(SIEF 2025) は、中心の書き方自体が周縁を殺す装置であったことを暴き、書き方をほどくことで“問いの生存”を回復する。

  • Algorithmic Folklore(ALGOFOLK 2024; Savolainen 2022) は、不透明な統治の下で人々が“解釈の労働”を引き受けて生き延びる現場を描き出す。

  • Critical Folkloristics(Reinhammar 2025) は、否認が「常識」として自然化されるとき、責任が蒸発する作動を照射する。

  • 日本におけるヴァナキュラー研究(KAKENHI 23K22039 ほか)は、支配的制度から距離を置く創造的営みを掬い上げる。

要するに、周縁の問いを殺した中心は、忘却では終わらない。残留した問いは、祟りとして制度に戻る。 AI時代とは、この反作用が「速く・広く・見えにくい形で」起きる時代だ。

AIと制度がブラックボックス化するほど、人は民俗で生き延びる。 だから民俗学は、過去を保存する学問ではない。AI時代の統治・責任・意味の崩壊に対する、最前線の基礎研究(基礎インフラ)である。

次に必要なのは、これを単なる警句で終わらせず、運用上の境界として固定することだ。 沈黙・祟り・飛躍がどの条件で起動し、問いを殺さない最小のコミットがどこに置けるのか——その形式化については、別稿(プレプリント「The Philosophy of the Curse Operator and the Leap」)に接続する。


▼論文はこちら


参考文献 / References

International Context

  • Folklore: Electronic Journal of Folklore. (2025). Special Issue: Agency of the Dead (Vol. 96). Tartu: ELM Scholarly Press. [https://www.folklore.ee/folklore/vol96/]

  • Mencej, M. (2025). "Introduction." Folklore: Electronic Journal of Folklore, 96. https://doi.org/10.7592/FEJF2025.96.introduction [https://www.folklore.ee/folklore/vol96/introduction.pdf]

  • DEAGENCY (ERC Project). (2023–2028). The Roles of the Dead and the Agency of the Living. [https://erc-deagency.eu/]

  • International Society for Ethnology and Folklore (SIEF). (2025). SIEF2025 17th Congress theme: Unwriting. [https://www.siefhome.org/congresses/sief2025/unwriting-theme/]

  • Reinhammar, C. (2025). "Unpacking “Common Sense”: A Critical Folkloristic Approach to Narratives of Climate Change Denial." Ethnologia Fennica, 52(1). https://doi.org/10.23991/ef.156592 [https://journal.fi/ethnolfenn/article/view/156592]

  • Savolainen, L. (2022). "Shadow banning controversy: Perceived governance and algorithmic folklore." Media, Culture & Society. https://doi.org/10.1177/01634437221077174 [https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/01634437221077174]

  • University of Bergen. (2024). Algorithmic Folklore (ALGOFOLK): Everyday Creativity and Agency in the Age of Artificial Intelligence. [https://www4.uib.no/en/research/research-projects/algorithmic-folklore]


Japanese Context

  • 現代民俗学会. (2024). 第70回研究会「公式な秩序/ヴァナキュラーな秩序」. [http://gendaiminzoku.com/archives/1276]

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(KAKEN). 「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築-民俗学的転回のために-」(研究課題番号: 23K22039, 研究代表者: 菅 豊, 研究種目: 学術変革領域研究(A)(公募研究), 研究期間: 2024年度–2025年度). [https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23K22039/]

  • 早稲田大学. (2024). 柳田國男生誕150周年記念シンポジウム「柳田学の現代的意義を考える」. [https://www.waseda.jp/inst/wls/news/2024/07/04/6305/]

 
 
 

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