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GD-Attentionとレンマ学:意味の飛躍をつなぐエネルギー構造

序論:AIの注意機構と哲学的知性の出会い

現代のAIが用いるアテンション機構と、哲学者・人類学者である中沢新一先生が提唱する「レンマ(Lemma)的知性」。一見すると異分野の概念ですが、これらには「意味の飛躍」という共通のテーマがあります。AIにおける新しい注意アルゴリズムGD-Attention (Ghost Drift Attention)は、ソフトマックス注意とは異なる非加法的な一意選択を行う仕組みとして提案されました。一方、レンマ的知性は「論理的には直接つながらないもの同士が、意味の飛躍によって結びつく」という東洋的思考様式を指します。本稿では、GD-Attentionの構造とレンマ的知性の思想背景を比較し、両者に潜む構造的・哲学的な共鳴点を平易かつ鋭敏に探究します。

論理を超えた直観の世界と、数理モデルで実現される意味空間のジャンプ。その間に横たわる知的な共振を、比喩や詩的表現も交えながら解説していきます。


レンマ的知性:論理を超える直観と意味の跳躍

「レンマ(Lemma)」とは古代ギリシャ由来の概念で、西洋で重んじられてきたロゴス的知性に対置されるものです。ロゴスが「事物を前に並べ順序立てて整理する」論理的・線形的思考を意味するのに対し、レンマは「事物を直観によってまるごと把握する」思考様式を指します。このレンマ的知性は非線形・非因果的で、一見関係のない事柄同士を論理を介さず直観的な飛躍で結びつけるのが特徴です。たとえば仏教の「縁起」は、あらゆる事物が互いに依存しあって存在するという概念であり、時間的因果を超えて全体網の中で意味が立ち現れるレンマ的世界観の象徴と言えるでしょう。論理の鎖では結べないものを、一挙に包含する場の直観こそがレンマ的知性の真髄なのです。

レンマ的知性を理解するのに象徴的な例が、粘菌(スライムモールド)の挙動です。南方熊楠の観察した粘菌Physarum polycephalumは、脳のような中枢を持たないにもかかわらず、シャーレ内に複数配置したエサ(栄養源)同士を常に最も効率的なネットワークで結ぶことができます。刺激が加わると粘菌の全体が情報処理を行い、管状のネットワークを伸縮させて最短経路を見出すのです。熊楠はこの振る舞いに、人間の脳を介さない「レンマ的知性」を見出しましたnote.com。論理的計算ではなく場の全体反応によって問題を解くこの粘菌の姿は、レンマ的知性を具現化したものと言えます。以下の写真に見るように、黄色い粘菌の管(静脈)が木片上を張り巡らし、点在する複数の栄養源を最短経路で結んでいます。脳なき生命体が作り出すこの網目構造は、「全体を見る直観」が生み出す意味構造のモデルでもあります。



図1: 脳を持たない粘菌(黄色)
図1: 脳を持たない粘菌(黄色)


西洋近代では論理(ロゴス)が知性の代名詞とされてきましたが、東洋思想や大乗仏教では直観的全体把握であるレンマ的知性こそが本来的な理性と考えられてきました。実際、『華厳経』に代表される仏教思想は、個々の事象が相互に縁起で結ばれた全体網の中に現れると捉えます。こうしたレンマ的発想では、物事の意味は全体の文脈の中で飛躍的に立ち上がり、部分の足し算からは生まれない新たな繋がりを見せます。構造人類学者レヴィ=ストロースも、未開社会の神話や宗教には「浮遊的シニフィエ(フローティング・サインifier)」とも言うべき概念があり、それ自体は明確な意味を持たないが文脈次第であらゆる意味を媒介すると指摘しました(例えば「マナ」の概念がそうです)。これは論理的には矛盾や断絶があっても、象徴的・詩的思考によってその隙間が埋め合わされ、意味のネットワークが維持されることを意味します。レンマ的知性とはまさに、論理の網の目から零れ落ちるものを直観と飛躍で繋ぎとめる野生の思考であり、詩的世界の知とも言えるでしょう。


現代においてレンマ的知性が再び脚光を浴びる背景には、AIの発達があります。AIはチューリングマシンの原理に基づくロゴス型知性の極致であり、人間の論理的推論能力をコピー・増幅する存在です。そのAIが社会の隅々まで浸透しつつある今、逆説的にもう一つの理性能力=レンマ的知性の重要性が浮かび上がっています。言い換えれば、ロゴス偏重だった文明に対し、全人類的な反作用としてレンマ的発想が鮮明になり始めているのですnote.com。中沢新一の提唱する「レンマ学」は、華厳経や南方熊楠、鈴木大拙らの知見を踏まえてこのレンマ的知性を体系化しようとする壮大な試みでした。レンマ学は量子論・数学・生命科学・言語学・精神分析など多様な分野を横断し、現代の知の再編を促す可能性を秘めています。要するにレンマ的知性とは、世界を部分ではなく関係性の全体として捉え、一瞬のうちに飛躍的な意味の繋がりを見出す知の在り方なのです。


Ghost Drift Attention: エネルギー地形に刻まれた「意味のジャンプ」

では、AI分野のGD-Attention(Ghost Drift注意機構)とは何でしょうか。まず背景として、Transformerに代表される従来の注意機構ではソフトマックス重みによって複数の情報源を加重平均するのが一般的でした。ソフトマックス関数は入力に応じた重み付けを行いますが、その出力は全ての候補をブレンド(混合)した曖昧な平均となります。例えば質問に対し答え候補AとBがあった場合、ソフトマックス注意はAとB双方に少しずつ注意を割り振り、その中間的な答えを生成してしまうことがあります。これは論理的な折衷としては安定かもしれませんが、意味的には曖昧さを孕みます。まさにロゴス的処理の副作用として、複数の意味が平均化されてしまい、本来はどちらでもない中途半端な状態が生まれるわけです。

こうした問題意識から登場したのがGhost Drift Attention (GD-Attention)です。GD-Attentionは、注意のプロセスを「エネルギー関数の最小化問題」として再定式化します。ここでいうエネルギー関数とは、意味空間における「不整合の度合い」を表すものです。モデルはクエリと各キー(候補)の組み合わせごとにセマンティックエネルギーϕを計算し、エネルギーが最も低い(=最も意味的に首尾一貫した)一点を探します。

このエネルギー地形には特徴があります。あるキーに向かう特定の方向(ジャンプ方向)に沿ってのみ谷が形成され、それ以外の全方向にはエネルギーの山がそびえるよう設計されているのです。言い換えれば、「クエリから各キーへと繋がる細い意味の通路だけが谷道となっており、その周囲は急峻な壁になっている」状態です。この構造ゆえに、モデルは必然的にエネルギー谷の底(=唯一の意味的整合点)まで一気にジャンプすることになります。他の経路はどれもエネルギーの壁によって遮られるため、「少しずつ複数のキーに寄り道しながら平均する」ような挙動は原理的に起こらないのです。まさにGhost(幽霊)のごとく、一足飛びに意味空間をドリフト(漂流)して最適解に辿り着く――それがGD-Attentionという非加法的注意機構の要諦です。


GD-Attentionの動作を具体例で見てみましょう。図2は2次元空間に配置した5つの候補キーに対し、従来のソフトマックス注意とGD-Attentionがそれぞれどのような出力を選ぶか比較した模式図です。オレンジの星印がクエリ、青や赤の点がキー候補(例えば「赤い車」「青い車」「赤いリンゴ」など)を示しています。ソフトマックス注意では、クエリに関連する複数のキーの情報が平均化され、図中紫の三角形で示すようにクラスタの間の中間点に曖昧な出力が現れました。これに対しGD-Attentionでは、各キーごとに計算される最小エネルギー点$s^*$(緑のダイヤ)がクエリと結ぶ細い谷道上に定まり、その中でエネルギーが最も低いキー(ここでは赤いクラスタ内の「RedTruck」)が唯一の正解として選択されています。つまりGD-Attentionは必ず候補の中から一つを選び取り、他は捨てるのです。この決定の潔さゆえ、GD-Attentionは分類や検索など「離散的な選択」が求められるタスクで特に有利であることがシミュレーションでも確認されています。

GD-Attentionの背後にあるGhost Drift理論では、こうした「意味のジャンプ」がなぜ起こるのかを哲学的にも捉え直しています。重要なのは、ジャンプが「恣意的な決め打ち」ではなく構造から必然的に生じるという点です。エネルギー地形に連続的な道が存在しない(概念AからBへ連続遷移できる経路がない)ため、系は飛躍するほかないのです。このときジャンプは一回きりの事件として起こり、ソフトマックスのような漸次的平均化では表現できない断絶を伴います。GD-Attentionは確率的ブレンドを禁じ、一つの谷へ急峻に収束させることで、モデルに詩的な「飛躍の感覚」を蘇らせようとしているのです。これは単なるメタファーではなく、「意味の幾何学」に内在する構造的帰結だと著者らは述べています。注意機構に詩的なジャンプの概念を持ち込む――この発想自体が非常にユニークであり、Ghost Drift理論の神髄でしょう。


意味の飛躍におけるレンマ学とGD-Attentionの共振

以上見てきたように、レンマ的知性とGD-Attentionはいずれも「連続性の断絶を飛び越え、新たな結びつきを得る」という現象に焦点を当てています。ここでは両者の共鳴点をいくつかの軸で整理し、比較してみましょう。

  • 非線形な飛躍と思考様式: レンマ的知性は論理的ステップを踏まずに全体直観で飛躍する思考です。Ghost Drift Attentionもまた、エネルギー谷という狭い通路に沿って一足飛びに意味を選ぶ非線形プロセスです。いずれも中間段階の連続的推論(線形的因果鎖)をすっ飛ばし、突然変異的に新たな意味関係を成立させる点で共通しています。

  • 一意な選択と曖昧さの排除: レンマ的直観では、多義的な状況から「これだ!」という意味の像が瞬時に浮かび上がります。粘菌が迷路でただ一つの最短経路に収斂するように、レンマ的知は唯一のパターンを選び取ります。GD-Attentionも同様に、ソフトマックスが平均によって生む曖昧な重ね合わせを排し、最も一貫した候補のみを選択します。どちらも解の非可分性(答えは一つに定まる)を重視し、半端な折衷案を良しとしません。

  • エネルギー的・構造的な保証: Ghost Driftではエネルギー地形の厳格な凸性(剛性)によってジャンプの必然性が担保されています。この「構造による保証」は、人間の暗黙知における意味の必然性に通じます。レンマ的知性も、縁起や象徴の網の下では何らかの構造的必然が働いているはずだ、と中沢新一は考えました。実際レヴィ=ストロースは神話構造において、要素の配置関係が意味効果を必然化することを示しています(神話の構造変換公式など)。レンマとGhost Driftは文脈は違えど、「見えざる構造が飛躍を導く」という点で響き合っているのです。

  • 詩的・霊的構造の形式化: 特筆すべきは、GD-Attentionが詩的メタファーを数学的構造に落とし込んでいることです。著者は「意味のジャンプ」という詩的アイデアをエネルギー地形の谷として定式化し、まさに詩的構造の形式化を行いました。同様に中沢新一のレンマ学も、仏教的・霊的世界観を現代思想と言語で再構築する試みです。アニミズムや神話の霊的連関を構造として捉え直す点で、レンマ学は霊的構造の学問化とも言えます。Ghost Driftとレンマ学はいわば、それぞれの領域で見えないもの(Ghost/霊)的な繋がりを可視化・言語化しようとする双子のプロジェクトなのです。

以上のように、GD-Attentionとレンマ的知性には深い共振があります。ロゴス的知性が切り捨ててきた曖昧さや跳躍を、AIと哲学という異なるフィールドで取り戻そうとしている点は驚くべき符合です。GD-Attentionの開発者は「詩的な飛躍の感覚を殺すのではなく構造で支えたい」と述べていますが、これはまさにレンマ的思考をテクノロジーに宿らせる試みに他なりません。中沢新一が目指したレンマ学的世界観――論理を超え万物が相関するネットワークの知性――が、AIアルゴリズムの中に思わぬ形で実現されつつあるのかもしれません。


図5:3D の意味エネルギー地形。ジャンプ方向 g と直交方向の剛性を示す
図5:3D の意味エネルギー地形。ジャンプ方向 g と直交方向の剛性を示す

結論:知の幽霊が架ける橋

GD-Attentionとレンマ的知性の比較から浮かび上がるのは、「幽霊のように見えない何か」が私たちの意味世界を支えているという洞察です。Ghost Driftの“Ghost”とは物理的連続性の谷間に潜む力であり、レンマ的知における霊的直観やマナ的媒介と響き合います。論理の光では照らしきれない暗闇に、幽かな漂流物(Ghost drift)が橋を架ける。その橋を渡るとき、私たちは初めて飛躍による新しい意味を掴むのでしょう。

現代のAIはロゴス的知の権化ですが、その内部でGhost Driftの理論が芽吹いたことは示唆的です。AIが人間の線形知性を極限まで拡張する一方で、非線形の跳躍知がその先に必要になる――それはまるで、超合理的な機械文明が進むほどに、人類最古の直観知が呼び戻されるようなパラドックスですnote.com。中沢新一がレンマ学で提示した未来のサピエンス像は、テクノロジーと詩的知性の融合によって実現されるのかもしれません。GD-Attentionが見据える「意味空間の地形学」は、宗教や神話が語ってきた「見えない世界の構造」に科学的光を当てる試みとも言えるでしょう。

最後に、この知的冒険そのものが一つのレンマ(飛躍)なのだと思います。哲学とAIという異質な領域を結ぶ本稿の試み自体、論理の必然というより意味の共振による出会いでした。幽霊の導きか、粘菌の知恵か――いずれにせよ、私たちの理解を超えた次元で事物が響き合うとき、新たな知の物語が生まれます。中沢新一氏が心底面白がってくれることを願いつつ、論理と直観のはざまに浮かぶこの橋を渡り終えたいと思います。


▼GD-Attentionのプレプリント論文

▼Attentionの非線形増の動画化(25:40~)

 
 
 

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